子どもを思い通りに育てたくなるわけ。

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子どもと一緒に「子どもな自分」を体験している。

4人の子どもを育ててきて、今になって気が付いたことがあります。

親というものは、子どものしている体験を自分が体験しているように感じるもので、子どもの成長と一緒に、親は、もう一度「子どもな自分」を体験しているのだということ。

私の場合、上の3人の子どもたちは年が近いので、3人分の「子どもな私」の体験を一度にしてきました。

カブトムシにクワガタに、アリにカナヘビに、へちまに、ハムスターに、熱帯魚に、ピアノにスイミング・・・。

子どもたちが成長して、それらの興味がなくなると、私も興味がなくなっていました。

そして再び、4番目の末娘がカナヘビに、かぶとむしに・・・と経験しているとき、また私の興味は戻っていて、一緒にまた、喜んで育てたのです。

そして、その末娘が中学生になり、高校生になり、それらに興味がなくなると、私もまた興味がなくなりました。

それが「なぜ」なのか・・・。

私も修学旅行に行きたい!?

末娘は、来週沖縄に修学旅行へ行くため、荷物を明日学校から送ることになっていて「何を着ていこう」と悩みながらパッキングしています。

そんな娘を見ながら、私もとても楽しい気分にさせてもらっています。

先日の高校の合唱祭のときも同じように楽しい気分を感じさせてもらいました。

こんな風に、末娘の高校生としての体験を自分のことのように楽しんでいる自分がいるんです。

それで気が付きました。

親は子どもと一緒に「子どもな自分を成長させている」ということに。

だから、あれだけ興味のあったカナヘビやカブトムシに、もう興味が持てなくなっていたんだなぁ~って。

今はまた「高校生な自分」を経験させてもらっているんだと気が付いたの。

だからこそ、自分の理想通りに導こうとしてしまう。

自分の子どもに自分を重ねているからこそ、自分とは違う人格であるということをつい忘れてしまって、親は子どもを自分の思う通りに導こうをしてしまうんですね。

他人のお子さんに対して、自分の理想通りに導こうと決して思わないのは、そういうわけなんだと思います。(他人だから当然ですけど)

主人と私は、上の3人に自分たちの意見を押し付けてきたところがありました。

ISD個性心理学で自分とは違う「個性」を知って、

心理学を学んで「人のこころ」を深く考えるようになって

末っ子には「自分とは別の人格である」ことを忘れずに、本人の思うようにさせてあげられると思っています。(上の3人よ、ごめんね)

子どもは自分とは違う人間だということは当たり前なのに、

お子さんを「自分の理想通りにしたい!」と、つい思ってしまうことがあったとしたら、

「自分と子どもは別の人間なんだ」

「私は中学生(高校生)の娘(息子)じゃないんだ。疑似体験させてもらってありがとう。」

と、思い出してくださいね。

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